盛期ルネサンス絵画の展開(その三)

盛期ルネサンス絵画の展開(その三)

--レオナルド ダ ヴィンチ の絵画 (初期の作品) 

 

序として

フィレンツェを中心にした絵画の世界に、1470の前後から新しい動きが出る。これは盛期ルネッサンスへの移行につながる重要な動きであった。

最初に始めたのが アントニオ&ピエロ・ポッライオーロとヴェロッキオである。その特徴は

生き生きとした人体表現――解剖学的に正確な人体の表現

人体解剖が許可されたことが背景にある(絵で記録を残す必要性から画家が参加)

非常に深い奥行きを持つ空間表現 線遠近法を越えて、人工物以外にも遠近法を工夫

  • 空気遠近法(大気遠近法)を用いる(フランドルは更に早く1420頃から用いられた)
  • プラトータイプの採用――距離感を出す為に中景をカットする手法

新しい主題を用いた表現――ギリシャ神話などで、人間の内面性を象徴しようとした

一方で、ポッライオーロとヴェロッキオ共に”工房”を活用したという問題がある。

  1枚の絵の中に複数の異なる手の挿入が認められるところに注意が必要

 

解剖解禁により人間の肉体の研究が内部から正確に進められるようになった。人体表現がより写実性が高まり、特に筋肉の機能の正確な把握により、人体のダイナミックなポーズや躍動感あふれる運動するポーズが表現されるようになる。

レオナルドは、自然の忠実な観察により正確な写実空間の表現に取り組み、空気遠近法の完成で深い奥行きのある空間表現を完成させた。

もう一方で人間の心の内面を見つめる研究を進め、心と心の通い合いを二次元の絵の中に表現する手法を確立した。初め二人の心のつながりから次に三人の間の交流へ、更に多数の間での人間同士の交流へと徐々に発展させた。人間たちとそれを取り巻く自然の状況をより豊かな感覚で表現するようになった。

レオナルド(Leonardo da Vinci)の略歴

Self-Portrait c. 1512
Red chalk on paper, 333 x 213 mm
Biblioteca Reale, Turin レオナルド自画像

1452年 フィレンツェの西に位置するヴィンチVinci村に公証人Ser Piero di Antonioの庶子として生まれる。4歳ごろまでヴィンチ村の母Caterinaのところで育てられる。その後父と共にフィレンツェに移る。

1460年代末頃 Verrocio工房に入り絵を学ぶ 年時ははっきりしない

1472 画家組合への登録 Verrocio工房からの独立

この10年がフィレンツェ時代であり、彼の画家生活の初期と位置づける

1482 ミラノの領主ロドヴィーゴ・スファルツァの元へ  自薦状による

 この17年がミラノ時代

1499 マントバ、ヴェネティアにを経由してフィレンツェに戻る フランス王 ルイ12世のミラノ侵攻

1501年 フィレンツェ に戻る

この間を第2次フィレンツェ時代という

1506年 再び ミラノ滞在

この間を第2次ミラの時代

1516年 フランス国王の誘いにより アンボワーズに移る

晩年期

1519年 アンボワーズで没する

レオナルドの略歴

初期の作品

初期の作品

レオナルドの作品の場合、その帰属の特定が難しい。その訳は?

  • Verrocio工房との関係   弟子たちは先生と同じように描こうとする、誰が描こうが工房からの作品として収められ、公表される。「キリストの洗礼」の左端の天使は、人物像の内面性や精神性までも表現しようとする技術が格段に違いレオナルドであることが明確となっている。工房はデザイン事務所のような役割、依頼者からの発注は工房宛に入る
  • 文書記録が欠如している。 初期作は特に残っていない。
  • レオナルド工房或はレオナルド派(School)との関係     ヴェロッキオ、ポッライオーロが外的形態の巧さに対して、レオナルドは、人物の内面性が表現できているのが特徴である。   生徒たちがレオナルドの様式を学ぶために模写したがった。また、レオナルド自身が弟子に描かせたものもある。

「キリストの洗礼」を見る

The Baptism of Christ  1472-75  by Andrea del VERROCCHIO
Oil on wood, 177 x 151 cm  Galleria degli Uffizi, Florence
キリストの洗礼  天使二人の内左側が レオナルド作 と言われる

 

ヴェロッキオ工房はポッライオーロと並ぶフィレンツェの二大工房である。

ヨハネは、主人ヴェロッキオの作である。人体表現が巧い。彫刻からの影響が見て取れる。ヨハネの人体の表現、4人の人物の表現が豊かである。

二人の天使 右側がボッテチェリ作との説がある

天使 レオナルドの作

洗礼者 ヨハネ ヴェロッキオ作

ヨハネの真剣な表現と二人の天使の愛らしい表現が対象的に描かれている。

レオナルドの 天使(左) と ヴェロッキオの ヨハネ

ピエロ・デラ・フランチェスカの洗礼と比較してみることにより初期ルネサンスと盛期ルネサンスの違いがはっきりする。

キリストの洗礼 
ピエロ デッラ フランチェスコ

体重の乗せ方。 奥行き表現は、初期ルネサンスは大きさの比例で表していたのが特徴である、これに対して盛期ルネサンスには空気遠近法を採用している。

 

キリストの顔(キリスト洗礼部分)

ヴァザーリが触れている(1550年記述)のは、左端の天使だけがレオナルドということだが、

天使のキリストを見つめる崇敬のまなざしやキリストの衣を持つしぐさの表現などレオナルドの特徴となっている。心のあり方や相互の交流を表現しようとする。

最近の研究ではキリストもレオナルドではないかといわれる。

また、天使の上部の背景もレオナルド的であるといわれる。

棕櫚、精霊の鳩、神の手は弟子、背景の端の岩なども弟子、ヨハネはヴェロッキオ、キリストは?右の天使はボッテチェルリという説もある。

キリストの洗礼 部分背景の左と右

 

背景については川の水の透明感や流れ、川面に反射する光の描写が勝れ、それまでのヴェロッキオ工房の特徴を覆している。大地や水、大気が日の光を受けて発する温もりや蒸気などの自然の姿を画面に再現しようと試みている。この背景もまたレオナルドの描写であろうとされている。

 

 

工房の作品には弟子たちが色々加わることが多かった。そのために作家の帰属についての特定が難しいところがある。

サン・サルビ修道院に収めた際はヴェロッキオ工房として収めた。

 

「アルノ川の風景」 デッサン 当時の画家としては風景を描くのが珍しい。

Landscape drawing for Santa Maria della Neve on 5th August  1473 1473
Pen and ink, 190 x 285 mm
Galleria degli Uffizi, Florence    アルノ川の風景 レオナルド

レオナルドが風景にも関心が高かった証。狭い平面の中に深い奥行きを描きこむ技術は非常に高い

「受胎告知」(キリストの洗礼と並べて展示されている)を見る

Annunciation
1472-75 Tempera on wood, 98 x 217 cm Galleria degli Uffizi, Florence

この作品は1867年にモンテオリヴィエートのサンロメオ修道院からウフィティに移された。それまでは、ギルランダイオの作とされていた。1867年に異論が出た。随所にヴェロッキオ工房の手が入っているという指摘である。背景の描き方が若いレオナルドが既に描いたものと似ている。マリアと天使と衣の美しさはれレオナルドの表現である。

受胎告知 天使ガブリエル

 

受胎告知 聖母マリア

手前のテーブルの装飾は、ヴェロッキオがメデチ家のピエロとジョバンニのお墓に施したものとおなじである。

レオナルドの習作 受胎告知に関連?

受胎告知(部分) 背景

レオナルドの目指した心の表現は既にこの絵に表れている。人物の「心の動き」は、「肉体の動き」を通して現れるとした。神の愛すなわち人間を救済する恩寵を厳かに伝える天使の表情は静かでどこか神秘的な微笑を湛えている。天使からマリアへ、人間の魂の奥へ伝えられる。そして母としての子への深い愛として注がれる。アンナと聖母子という複数間の愛情へと展開し、普遍的な母性愛の表現となる。モナリザの普遍的な永遠な愛の表現へと消化していく。

独立直後に書いたといわれていた(1472~72)、最近では少し時代がずれて1475年頃といわれている。天使の顔の表情の違いが大きいために年代をずらしたほうが適切との考え方である。

しかし、更に最近では年代の差ではなく、作者の違いではないかと考えられるようになった。風景、前景の花の装飾などはレオナルドである、衣の表現の質感などもレオナルドの特徴。

中景と前景のつながりが悪い、建築モチーフのバランスがよくない、など疑問である。

クレディの「受胎告知」とマリアの表情などは良く似ている。

受胎告知   ロレンツォ ディ クレディ

 

「ブノワの聖母」エルミタージュ美術館 帰属に問題のない作品(ただし記録はない)1470代

Madonna with a Flower (Madonna Benois)
c. 1478
Oil on canvas transferred from wood, 50 x 32 cm
The Hermitage, St. Petersburg

Madonna with a Flower (Madonna Benois)
c. 1478
Oil on canvas transferred from wood, 50 x 32 cm
The Hermitage, St. Petersburg (額)

マリアの顔、キリストの顔にスフマート技法を用いレオナルドの特徴

心理描写が優れている。主題に工夫されている。「白い花」は受難の象徴、死を予感させる

白い花を活用して、聖母と神の子の関係を内面にまで深めて表現する。キリストが人類の罪を背負い、人類のために償いをするその運命を感じさせる内面の心理までも描こうとしている。マリアはキリストに眼をやりやさしく微笑んでいるのに対して、キリストはマリアを見ないで白い花を見つめて、やがて来る自分の死を見据えていることを暗示している。マリアの腕から手を通じてキリストに、その二人の関係がしっかりと伝わる構図   (白い花はカラシナ科の花で苦みがありキリストの受難を象徴しているという)

キリストの受難を象徴する十文字の花弁の白い花を介してマリアとキリストの関係が見るものに通じる

ベースになったものは、10年前に描かれたリッピの「聖母子と二人の天使」。

Madonna with the Child and two Angels
1465
Tempera on wood, 95 x 62 cm
Galleria degli Uffizi, Florence

 聖母が全身ではなく半身像であり、構図にある部屋の形態、窓があり光が差し込む。メディチ家のために描いたものでありレオナルドは見ている。マリアの顔の表情や姿が一般の女性の姿をしている。同時代の生活を模した構図は、レオナルドにインスピレーションを与えた。

心理描写が良く出ている。「人間は心のある存在」を訴えようとしている

リッピにない要素としては、「スフマート技法」
スフマートの言葉の意味は煙で暈すということ。色を暈して立体感を出すのに使う技法。
これにより陰影表現がデリケートになっている。
衣に質感が金属的で硬い。襞に遊びを入れるのも特徴である。
髪型には強い関心があり、拘って描く。「ブノワの聖母」の髪は編んで更に束ねている。

エルミタージュ
レオナルドの部屋

ブノアの聖母 エルミタージュの展示風景1

 

「リッタの聖母」エルミタージュ

Madonna Litta
c. 1490-91
Tempera on canvas, transferred from panel, 42 x 33 cm
The Hermitage, St. Petersburg

この絵の聖母の髪型も複雑な模様をしている。 このための人物のデッサン を見る 拘って描いた跡がうかがえる。

Study of a woman’s head  レオナルド
c. 1490
Silverpoint on greenish prepared paper, 180 x 168 mm
Muse du Louvre, Paris

リッピも髪には拘った束ねた後にベールをかぶせるなど、夫人のルクリティアブーティがモデル

リッピの天使の顔の微笑みは、レオナルドの聖母の微笑みと共通するものがある。見るものと絵の登場人物とを結びつける役割。微笑により見るものがひきつけられ他の登場人物との関係に理解が進む。

 注:リッタ(Litta)、ブノワ(Benois)は、所有者の名前

「聖ヒエロニムス」 未完成。1480年頃依頼を受け、1482年にミラノに行くときに放置

St Jerome  (ヒエロニムス)
c. 1480
Oil on panel, 103 x 75 cm
Pinacoteca, Vatican

ヒエロニムスの主題の意味は二つある。

  1. 聖者の研究する姿
  2. 罪を悔いるものの姿「悔いるヒエロニムス」

ここでは、後者の姿を主題にした。石で胸を打つ。肉体表現が正確なのは、解剖学的知識が下地にあるため。レオナルドは、解剖を記録して記録して残した最初の人。

デッサンをとる==右手を上げた筋肉の図はモデルを使ったのみならず、解剖学的に正確。

「マギの礼拝」 ウフィツ

Adoration of the Magi    (東方三博士の礼拝)
1481-82
Oil on panel, 246 x 243 cm
Galleria degli Uffizi, Florence

 このためのデッサン 2種

Perspectival study of the Adoration of the Magi
c. 1481
Pen and ink, traces of silverpoint and white on paper, 163 x 290 mm
Galleria degli Uffizi, Florence

Design for the Adoration of the Magi
1478-81
Pen and ink over silverpoint on paper, 285 x 215 mm
Muse du Louvre, Paris

人物表現に注目。 3人のマギの礼拝 ガスパールというマギに注目

マリアとキリストとガスパールの関係が重要 三人の図のつながりに意味が深い

取り巻く人達の配置、 礼拝している人が多く他の二人のマギを特定しにくい。羊飼いも居る。

建築モチーフで階段など不思議なところが多い。

「カーネーションの聖母子」 ミュンヘン レオナルドまたはレオナルド工房

The Madonna of the Carnation
1478-80
Oil on panel, 62 x 47,5 cm
Alte Pinakothek, Munich

キリストの身体の表現にスフマート(グラデエーション)が強く活用されている。

背景の岩の表現がレオナルド的である。カーネーションを後ろの花瓶から取ってキリストの渡す構図。

ブローチの繊細な表現はフランドル的である。

ポーズや空間の設定と花を使って象徴を表現する巧みさがある。

初期の作品終わり

盛期ルネサンス絵画の展開(その四)に続く

KuniG について

日々見聞きする多くの事柄から自己流の取捨選択により、これまた独善的に普遍性のあると思う事柄に焦点を当てて記録してゆきたい。 当面は、イタリア ルネッサンス 絵画にテーマを絞り、絵の鑑賞とそのために伴う旅日記を記録しよう。先々には日本に戻し、仏像の鑑賞までは広げたいと思う。
カテゴリー: 0Arte Rinascimentale Itariana, 3Periodo di massimo splendore rinascimentale, 未分類 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です