盛期ルネサンス絵画の展開(その一)

盛期ルネッサンス絵画の展開(その一)

--フィレンツェ主要二つの工房の果たした進化への役割--

(今までの振り返りとまとめ)

ルネッサンスの定義

古代の写実をよみがえらせる、それはキリスト以前の文化(異教)の蘇りを計る。

すなわち具体的には、キリスト教の聖人(キリスト、マリア、12使徒)の表現を、中世における天上人としての扱いから、現世人として描くように改革。

ルネッサンスの歴史の時代区分

  1. プレ・ルネッサンス 1290’s~1400前後 ジョットー
  2. 初期・ルネッサンス 1420’s     マザッチョ
  3. 盛期・ルネッサンス 1470’s レオナルド/ミケランジェロ/ラファエロ
  4. 後期・ルネッサンス 1510’s     カラバッジョ (マニエリスムの時代を経て)

絵画ではジョットーから始まりおよそカラバッジョまで、300年ほどの期間。但し、ジョットーからの100年は、ジョットーを大きく改革するものが出ていない。17C以降はキリスト教美術が衰退し、聖書が主題ではなくなる。

初期ルネッサンス絵画の展開 (その一)から(その四まで)――マザッチョからフィリッポ・リッピまで--

1420年代  マザッチョの新しいスタイルが始まる。以前はタブーであったものに挑戦した。マザッチョは彫刻のドナテッロブルネルスキーから学んだ。

特徴 3要素

  • 正確な人体表現 筋肉骨格など実在のモデルを使用したと思われる
  • 線遠近法にかなった合理的な空間表現 ブルネルスキーの発明を絵画に応用
  • 光源を統一した光線に基づいた陰影表現

マザッチョが始めてウッチェロ、アンジェリコ、ピエロ、リッピなどがヴァリエーションを創像していった。

 

盛期ルネサンス絵画の展開

1470年代 盛期ルネッサンスに進むステップアップした様式が生まれる。

1510年頃 のラファエロあたりまでを盛期ルネサンス絵画と位置付けている。(ミケランジェロの「最後の審判」、ラファエロの最後の10年の作などは、マニエリスムのはしりともいえる)

なお、(ボッテチェリの活動は1470~1500頃までで、晩年は画家として活動しなくなる)

この投稿の中心テーマ

ヴェロッキオ、ポッライウオーロ(pollaiuolo) 兄弟及び、その工房である。(レオナルド、ボッテチェリ、ラファエロ、ミケランジェロはその後にする)

1470年代 盛期ルネッサンス ステップアップした様式が生まれるのでそこから見てゆく。

1470年代に ヴェロッキオは、様式が変わるきっかけを作った。

他の要素としては 1470年頃から図像が少し変化した。主題に新しいものが現れる。それまではあまりポピュラーでなかった主題が盛んに出てくる。

まずは、ポッライウオーロ の2点の小品を見る

  • 「ヘラクレスとヒュドラ(eracole e idra)」
  • Hercules and the Hydra 
  • c. 1475
    Tempera on wood,
  • 17 x 12 cm
    Galleria degli Uffizi, Florence
  • 「ヘラクレスとアンタイオス(eracole e anteo)」 
  • Hercules and Antaeus
    c. 1478
    Tempera on wood,
  • 16 x 9 cm
    Galleria degli Uffizi, Florence

 

 

 

 

  • 2つとも10cm*20cmほどのサイズ。

 二つとも1470年代の前半の作品である。記録によると1466年にメディチ家がポッライウオーロ にヘラクレスの板絵を3枚注文している。(3枚とも実物は100年後に失われたとヴァザーリ伝にはある)。同じような図像の(大きな板絵)が60年代後半に描かれたと思われる。したがって、2点は画家自身によるそれらのレプリカということになる。

主題のヘラクレスは、キリスト教に関係がない、すなわち聖書の考え方の寓意ではない。異教の主題が描かれた理由を考えてみる。・ヴェロッキオもキューピット、アモレットを主題にしている。・・

  1. 古代文化の研究がフィレンツェで行われていた。

    1439年にコジモ・ディ・メディチがカレッジにアカデミア(古代文化研究所)を作った。60年~70年頃には研究が軌道に乗り出して、アリストテレスの研究や詩の研究など成果を出し始めた。画家たちは、それらの成果から、古代の神々の中に人間の本質を見るようになった。信仰の対象としてではなく人間を見つめる。ヴィーナスやマルスなどは、人間の気持ちが生み出したものと見た。 異教の神々を信仰としてではなく人間は何かを象徴する存在と考え主題とした。

    ヘラクレスは 剛毅、豪気、勇気の象徴と見た。当時フィレンツェには敵対する国が周りにあった。戦う象徴としてヘラクレスが用いられた。

    聖書にない人物が描かれる更にもう一つの理由は

  2. 裸の研究がしやすいという事情  がある。

それ以前の裸の図像の例としてマザッチョの「楽園追放」がある。  他に裸の図像の例としては「キリストの磔」の図像などが以前からあった。しかし聖書ではアダムやキリスト以外で裸を描くことが出来る人物が少ない。服を着ない人物を描くためには人体を正確に研究しなければならない。古代神話上の人物はそのための制約がまったくない。

それでは何のために裸にしたいのか? 人体研究が更に深まっていった。その成果としての研究の再現を試みるのは自然の成り行きである。その目的は?生命力を出す、ヴァイタリティや動きが、それ以前よりはるかに豊かに表現される。

マザッチョから50年、まさにステップアップであった。

マザッチョの「楽園追放」のアダムとイブをポッライウオーロ のヘラクレスの裸の図像と比較する。

    

マザッチョは、人間の体の肉の丸みや筋肉の存在などリアルな肉体表現を生み出したが、ポッライウオーロ は、肉体エネルギーの衝突、フォルムの隅々まで張り詰めた神経、視角の変化に応じて激しく揺れ動く輪郭線などの特徴により、精神性からきり放たれた肉体の運動、生命のドラマに集中したものとなる。

比較により双方の違いがより鮮明になる。

では、ポッライウオーロ は何を工夫したか?

まず、

  1. ポーズに工夫がある。足の踏み出し方、腕の上げ方、それを表現するのに適切な主題を探して選んだ。そして、異教の物語の中に見出した。これが70年代に大きく変わった点である。

人体研究に熱心であった(兄弟のうちでは10歳上の兄がはるかに技量が上である)兄は彫刻もやった。

ヘラクレスとアンタイオス」(ウフィチ 国立バルジェッロ美術館)65^75頃の兄の彫刻 を見る。

 

Hercules and Antaeus
1470s
Bronze,  height 45 cm
Museo Nazionale del Bargello, Florence

 

 

 

 

板絵の小品とまったく同じ構図の彫刻である。 45cmほどのサイズこれはメディチの  館に二つあったうちの一つである。

彫刻は3次元の形を3次元で表現するが、絵は3次元を2次元に表現する。その工夫のために彫刻は良い教材となる。

アントニオ・ポッライウオーロ (兄)は、研究熱心で、解剖を最初にやった芸術家である(ヴァザーリによる)

この時代から解剖学が始まった。

キリスト教では人間の解剖は死罪に匹敵する大罪であった。地中の肉体を甦らせて最後の審判をするので、肉体を壊してはならないとされていた。 

ところが、ペストの蔓延とその対策のために、人体の研究が真剣に行われ、内部を見る必要性が強くなると解剖を行うようになる。その記録のために絵描きが求められた。ポッライウオーロ はその最初の人である。

彼は、そうして得た解剖学的知識を彫刻や絵画に応用した。そしてこれが盛期ルネッサンス絵画の特徴(以前との違い)となった。それ以前とは、知識が大きく違ってきたという背景がある。

更に ポッライウオーロ工房の2点の作品を見る

1.「セバスティアヌスの殉教」縦長の板絵 ロンドン・ナショナル・ギャラリー

Martyrdom of St Sebastian  1473-75
Panel, 292 x 2023 cm  National Gallery, London

2.「戦う裸体の男たち」 エングレーヴィングによる銅版画 ロンドン大英博物館

Battle of Ten Nudes  1470s
Engraving, 428 x 618 mm

「セバスティアヌスの殉教」の主題のセバスティアヌスは、3Cディオクレティアヌス皇帝時代の軍人であったがキリスト教信者を助けた罪を咎められ、かつ自らも信者であることを告白して処刑に合う。弓矢で処刑された。物語では弓の処刑では死に至らず処刑後ある女性に助けられた。しかし再度処刑された殉教者であり、聖人になった。 

この絵は、元フィレンツェのサン・セバスティアヌス・アンヌンチアタ教会のプチ家礼拝堂に在った

セバスティアヌスも裸にしやすい(で描ける)数少ない聖人の一人である。

この絵の特徴は

1.人体表現にある 

絵は、裸体のセバスティアヌスを中心にして左右対称的に描かれている。弓を射る6人の執行人が、杭に磔にされたセバスティアヌスを囲んで配置されているが、このポーズに工夫がある。3つの基本ポーズが角度を変えて繰り返して配置されている。前の左右端の二人と奥右の一人は長弓を射る同じポーズを3つの角度から描いている。前の中の二人は屈んで弓に矢をつける同じポーズを前と後ろからの二つの角度で描いている、奥の左は弓を射る違うポーズをしている。同じポーズを角度を違えて描くことで、平面に立体の3次元を表現することに成功している。また6人の配置の総合によりこの絵の前景を奥行きのある立体的スペースに表現できている。動きのある人体の模型を作って、それを回転させて描いたと思われる。

これはポッライウオーロの研究の経緯で生まれた知恵である

マザッチョの「貢の銭」を見ながら比較

動きの表現やポーズの工夫など人体表現が進化していることが見て取れる。

2.空気遠近法の採用による背景の奥深さ

この絵はプラトータイプ:手前を丘にしてしまうことで中景をカットし、より深い奥行きを表現する手法:である。ピエロ・デラ・フランチェスカのウルビーノ公モンテ・フェルトロ伯の肖像とその裏側の風景画を見て比較すると良い。

風景は画家が暮らしていたアルノ川周辺の当時の風景である。川の流れの蛇行の描写と奥の山々の描写での空気遠近法の進化した使い方で、ピエロよりも一段と奥行きが出ている。

 

「戦う裸体の男たち」の作品は、エングレーヴィングによる銅版画としては最も早く、そして影響力を持った作品である。しかもその時代の最もサイズの大きな版画である。またこの画家のサインの入った唯一の作品である。彼の永い熱心な研究の結果考えられた表現法であると思われる。主題については過去ほとんど論じられてこなかった。ある人は神話の中の物語を挿絵したという、ある人は人間のポーズを描く際に他に示すための実体模型のパターン片である、またある人は10人の戦いのポーズは、専門剣士による儀礼的な戦いを表現したもので、このプリントは当時のフィレンツェの要人の葬儀の際に使われたなど・・。

いずれにせよ画家の真意は、緊張感に富んだ動きの早い人体を、さまざまなポーズで遠近法の中で表現してみることである。

10人の戦う男たちが夫々二人ずつ注意深く一対に構成された構図が、ダンスをしているように並べてありながら激しい戦いの動きを良く表現している。筋肉はやや不自然に曲げられたり誇張されたりはしているが、画家の熱心な解剖学の研究の成果が遺憾なく表現されている。

「ポルトガル枢機卿礼拝堂の壁画装飾」 三人の聖人 ウフィチ

Altarpiece of the Sts Vincent, James, and Eustace 1468
Tempera on wood, 172 x 179 cm  Galleria degli Uffizi, Florence

元はサン・ミニアート・アル・モント聖堂に在った(ミケランジェロ広場の上の教会)

ポルトガル枢機卿ヤコポは25歳で枢機卿に抜擢された秀才だが若くして死亡した。本人の名前ヤコポにちなんで聖ヤコブの像が描かれた。

構図は聖ヤコブと他の聖人二人の3人の立ち肖像が並んでいる。プラトータイプである。右の人物の股下からベランダの向うの遠景が、中景をカットして直に描かれている。

人体の研究がよくなされているが、これは着衣の姿である。豪華な衣装が表現されて着物の装飾が細かい。貝殻は巡礼者を象徴するが、足元の帽子の周りに貝殻の細かい装飾が見える。装飾的表現が非常に細かいのはポッライウオーロ工房が金工装飾の請負をやっていたことが影響している。二人による共同制作である。兄がはるかに上手かったので、立ち姿がやや不自然な右の像を弟のピエロが書いたものと思われる。

「トビウスと大天使ラファエロ」 トリーノ サバウダ美術館

Tobias and the Angel  1460
Wood  Galleria Sabauda, Turin

 トビウスの父は病に伏せている。トビウスは父の使いでお金を貸した友人のところに取り立ての旅に出た。途中若者に出会い、一緒に旅をする。実は彼が大天使ラファエロであり、トビウスを安全に導く役割を持つ。途中川を渡る際に大きな魚に襲われる。ラファエロの導きで退治することが出来た。また彼の導きでその魚の内臓を持っている。悪魔祓いや、病気の治癒に使うためである。この時代から、この主題が盛んに描かれるようになった。ヴェロッキオ、フィリッピーノ・リッピなど。この頃から、旅が一般の民衆にも広がりを見せた。大天使ラファエロが旅の守護聖人であったことから、この主題が好まれた。

また犬と共に描くのは犬が忠誠を象徴する動物であるため。衣装の色調と襞の表現など細かく豪華に描かれている。プラトータイプで描かれ、背景はアルノ川周辺で、川の蛇行や空気遠近法の活用で奥が深い。

1470の前後アントニオ&ピエロ・ポッライオーロとヴェロッキオが始めた新しい動き(盛期ルネッサンスへの移行)をまとめる

  • 生き生きとした人体表現――解剖学的に正確な人体の表現

人体解剖が許可されたことが背景にある(絵で記録を残す必要性から画家が参加)

  • 非常に深い奥行きを持つ空間表現 線遠近法を越えて、人工物以外にも遠近法を工夫)
    • 空気遠近法(大気遠近法)を用いる(フランドルは1420頃から)
    • プラトータイプの採用――距離感を出す為に中景をカットする手法
  • 新しい主題を用いた表現――ギリシャ神話などで、人間の内面性を象徴しようとしたポッライオーロとヴェロッキオ共に工房を活用したという問題がある。

復習のため ヘラクレスの2枚の絵を再度見る。

          

工房の製作の必然として、一枚の絵の中に複数の異なる手の挿入が認められるところに注意が必要である。

「トビウスと大天使ラファエロ」の主題の絵 ポッライオーロとヴェロッキオを比較

ヴェロッキオの作品  ロンドン ナショナル・ギャラリー

Tobias and the Angel  1470-80
Egg tempera on poplar, 84 x 66 cm  National Gallery, London

共通点と違いについて

プラトータイプが共通点 ただし風景を描く情熱はポッライオーロが熱い

違い

人体表現が異なる。ヴェロッキオがより動きを感じさせる。――右から左に移っていく動きの表現が豊かである、足の動きや体重の乗せ方に巧さ。

顔の表情もヴェロッキオが表情豊かに表現している。魚に目線が行っているところなど。手に対してもヴェロッキオが繊細な注意を払い、手に表情が出ている。

衣の表現は両者に大きな違いがある。ヴェロッキオは細かい装飾よりは体の動きを失わないように注意を払う。ポッライオーロは細かい装飾が非常に巧い。  ポッライオーロの装飾へのこだわりは、工房としての特徴–力の入れ方が—

ヴェロッキオ工房は、絵画作品は非常に少ない。

「ダヴィディの彫刻」の写真を見る ヴァルジェッロ美術館所蔵

The Young David  1473-75
Bronze, height 125 cm  Museo Nazionale del Bargello, Florence

トビウスの人体表現と顔の表現に彫刻的な検証の効果が見て取れる。

「イルカを抱く少年」パラッツィオ・ヴェッキオ 

Putto with Dolphin   c. 1470
Bronze, height 125 cm  Palazzo Vecchio, Florence

広場の中庭の噴水の上にあった。体重の乗せ方など正中線が微妙にS字を描く—-マニエリスム期には更に正中線がねじれていく。図像が天使ではない–プットーニ、キュービットの周りの童子で、愛を象徴している。 イルカは再生を象徴し、愛が甦ることを詠っている、メディチ家の館に在った彫刻群の一部である。

「キリストの洗礼」ヴェロッキオ工房 ウフィツ トビウスと同年代の作品 1470年代

The Baptism of Christ   1472-75
Oil on wood, 177 x 151 cm  Galleria degli Uffizi, Florence

(工房で最も有名な作品)

レオナルド・ダヴィンチも参画している(彼は1472年に独立した)。ヴェロッキオはレオナルドの出現で「自分は絵を描くことをあきらめた」といわれる。人体表現が巧い。彫刻からの影響が見て取れる、キリストの人体の表現、4人の人物の表現が豊かである。ヨハネの真剣な表現と二人の天使の愛らしい表現が対象。

ピエロ・デラ・フランチェスカの洗礼と比較してみることにより、初期と盛期の違いがはっきりする。

体重の乗せ方。 奥行き表現は、初期は大きさの比例で表していたのが特徴である、これに対して盛期には空気遠近法を採用している。

工房の問題について

同じ工房の作品でも色合いなどに違いがあったりする。その訳は?

—「トビウス」と「洗礼」の両方の絵を比較して検証する。

 

背景へのこだわりが違う。洗礼はより拘っている ヨルダン川の描き方では空気の密度などに拘って表現している。

ヴァザーリの伝記で左端の天使がレオナルドの手になるものといわれる、1550年の記述。—実際はもっといろいろ描いている? 風景などにもそれらしさを感じるところあり。フィレンツェのサン・サルビ修道院にあった絵。

天使の絵でレオナルドの巧さが良く分かる

内面性の表現が良く描かれて心理描写が出来ている。キリストの衣を持つしぐさ、キリストを見守る表情が良く出ている。

(右側の天使はボッテチェルリ説がある)

1470の レオナルドのスケッチを参考として見る   ――風景のデッサン  洗礼の右奥の風景はレオナルドが描いた。キリストもレオナルドが描いたという説も最近出ている。棕櫚は殉教の象徴であり処女性(童貞)の象徴でもある――弟子が描いた 聖霊も弟子の手

「受胎告知」レオナルド ウフィチ(洗礼の隣に展示)

Annunciation   1472-75
Tempera on wood, 98 x 217 cm   Galleria degli Uffizi, Florence

19cに入ってきた当初はギルランダイオの作といわれていたが、20cになってレオナルドの帰属と成った。

前景の表現、植物、石つくりの書見台の装飾、などがヴェロッキオ工房のものと判定されている。マリアや天使の衣の金属的質感がレオナルド。ヴェロッキオ工房の天使に近い表現、風景の空気遠近法の表現は、レオナルドの特徴。

レオナルドが「受胎告知」のために描いたデッサン

 

構図のバランスは良くない――右側だけに建築モチーフ

ロレンツォ・ディ・クレーディ (ヴェロッキオ工房)の受胎告知と比較Annunciation  1480-85  By LORENZO DI CREDI
Oil on panel, 88 x 71 cm  Galleria degli Uffizi, Florence

建築モチーフの完成度が疑問、背景の木々の表現がパターン化され単純すぎる。

レオナルドに帰属させるには不思議なところが多い。天使ガブリエルの顔が無表情。  ヴェロッキオ工房の作ではないか?

ロレンツォ・ディ・クレーディと似ている。工房の作品の帰属には難しさがある。

  • 「キリストの洗礼」は、レオナルド的
  • 「受胎告知」は、ヴェロッキオ工房的    と逆になっている。

 

次の投稿、盛期ルネサンス絵画の展開(その二)以降では、

ボッテチェリ、レオナルド ダ ヴィンチの絵画 について観て行きたいと思う。

 

 

 

 

KuniG について

日々見聞きする多くの事柄から自己流の取捨選択により、これまた独善的に普遍性のあると思う事柄に焦点を当てて記録してゆきたい。 当面は、イタリア ルネッサンス 絵画にテーマを絞り、絵の鑑賞とそのために伴う旅日記を記録しよう。先々には日本に戻し、仏像の鑑賞までは広げたいと思う。
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